宇治橋の手前にある京阪宇治線の宇治駅から電車に乗って中書島駅を降りて寺田屋まで歩く。
寺田屋の最寄りは伏見桃山駅なんだけど、宇治から来るには中書島駅までだったら乗り換えナシなのです。
中書島駅からはわかりにくかったけど、ガイドブックを見ながら到着。

 

伏見

寺田屋

大学に入った頃から幕末という時代の面白さにハマり、寺田屋には一度は行きたい!と 思ってました。
写真は寺田屋事件で有名な「旅館 寺田屋」です。今も当時のまま残っています。
いろいろと条件もあるみたいだけど、宿泊も可能です。

 

伏見

寺田屋

幕末期、寺田屋は坂本龍馬の京都での定宿でした。
龍馬は薩長同盟を成立させて、祝杯をあげていたときに 京都伏見奉行所の役人に踏み込まれました。
そこを入浴中の龍馬の恋人である、お竜の機転に助けられて難を逃れました。
壁の上にかかった写真ですが、左から2枚目、3枚目はお竜の写真です。
2枚目の写真は最近見つかり、京都博物館で公開されました。
その時も、そのお竜の写真を見るためだけに京都に行ったんだったっけ。
大塚寧々に似ていると思うんだけど、どうですかね?

 

伏見

寺田屋の部屋から見える看板

寺田屋の看板。渋い! 2階の部屋から撮ってみました。

海運が発達していた伏見は水路が道路のようなもの。
幕末の当時は寺田屋の前は海だったそうです。
その当時の写真も寺田屋に残っていました。
今はすっかり住宅街。
維新前の建物や龍馬ゆかりの場所はほとんど残っていないのに、こんなに当時の様子を残している建物は他にないのでは? それだけで感動。

 

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寺田屋

龍馬が宿泊していたとされる2階の部屋。
掛け軸の絵は旅館の女将、お登勢さんが嫌がる龍馬にすすめて描かせたと言われる 肖像画です。

 

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寺田屋 龍馬の肖像画

肖像画の右下のケースには龍馬愛用の銃のレプリカが、そして肖像画の下には龍馬が使ったとされている刀が置いてありました。

ところで、龍馬の愛妻といえば、お竜だけど、式を挙げ、日本初の 新婚旅行をしたとはいえ、正式な妻というわけではなかったそうな。
龍馬亡き後は、いったん高知の龍馬の実家に身を預けたものの、 龍馬の姉である乙女とソリが合わず、結局高知を出ることに。その後転々とし横浜で働いていたときに、西村松兵衛と再婚し、西村つると名乗ります。
晩年は酒におぼれ、酔うと「私は龍馬の妻だった」とこぼしていたそうです。
最後は横須賀で亡くなり、旦那さんの厚意もあり、墓石には「坂本龍馬の妻」と彫られたそうです。

東京に出てきていた龍馬が世話になっていた千葉道場の娘、千葉佐那子(さなこ)とは「いい仲」だったそうで、彼女は龍馬を思い、生涯独身をつらぬいたそうです。 (一説によれば、婚約していたというのもあり。) 彼女の墓石にも「坂本龍馬室」と彫られている。

う~む。 寺田屋の女将のお登勢さんにもとても可愛がられていたようだし、龍馬が魅力的なのはこれらのエピソードからわかるけど、どんな人だったんだろうな。

日本を変えるほどのことをやってのけてしまう男だけど、女目線からは、どこかしら 頼りなくて、つい面倒をみたくなってしまうような人だったんだろうと思う。

だけど、残された女達は最後まで心を許せる身寄りもなく、寂しく 逝ってしまっている。 この時代を生きた人間のもの悲しさを感じます・・・。

 

伏見

寺田屋 龍馬の肖像画

この肖像画は、京都の丸山公園の龍馬像のモデルになってるそうです。
肖像画って見栄え良く描かれることが多いけど、描かれたプロポーション通り、龍馬の身長は6尺(約182cm)と、当時にしては高かったようです。

 

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寺田屋 弾痕跡

寺田屋2階の部屋の柱にある寺田屋の弾痕跡。
寺田屋事件で伏見奉行所の人間に踏み込まれた際にできた跡と言われる。
寺田屋はそこそこな大きさだけど、ひとつひとつの部屋の広さはそんなに広くない。
むかしの旅籠ってそんなもんだったのかな。
でもそんな広さの中で刀振り回したり、銃で撃ったり・・・。
今とは違って夜はすごく静かだっただろうし、発砲した際は大きな音がしたんだろうな。

ちなみに、1階(だったかな?)には竜馬愛用の銃もありました。

 

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寺田屋 刀傷

襲撃されたときの刀傷跡です。
いろんな人が触るので、傷は 丸くなってしまい、よくわからなくなってしまってる・・・・。

竜馬を取り巻く女性って、「尽くすタイプ」というよりは「きっぷがよくて面倒見がいい」タイプだったんではないかと思う。
お竜にしろ、佐那子にしろ、そうとうに気が強く、男には負けない女像が浮かび上がる。
お竜は海援隊の若い連中に慕われてたっていうし、佐那子は「江戸の鬼小町」と言われるだけあって剣の腕は男勝り。
お登勢にしたって、旅館の女将業なんて、柔な女にはできなかった だろうし。 そういえば、竜馬の姉、乙女もそんな感じ・・・・。 ひょっとして、龍馬ってシスコン!?
そういう女性を頼り、頼られる龍馬は、決して完璧な人間ではなく、 「人間味あふれた人間くさい人間」だったのかもしれないなぁ・・・。

 

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寺田屋 お竜が駆け上がった階段

これが襲撃にあったときにお竜が風呂場から駆け上がったとされる階段。
2階に上ってきた階段とは別で、これは裏階段。
龍馬が滞在していた部屋からすぐです
ドラマなどでは「龍馬の部屋からすぐ下に階段がある」のは脚色されていると思っていたんだけど、リアルにすぐ下にありました!

階段を降りて右側にお竜が使っていた風呂場があります。
お竜さん、ここを駆け上ったんですね。
司馬遼太郎の作品の中だけのように思えるけど、 ほんとに幕末という時代に生きていたんだなぁ~と感慨深い。
写真は、お風呂場を出たところすぐから、駆け上がる気分&お竜目線で撮影してみました。
今はすっかり古くなってギシギシ音がするくらいなのですが、駆け上がってみたい衝動に駆られました・・・自粛しましたが(笑。

 

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寺田屋 これがうわさのお風呂です

お竜さんはここで入浴していました。階段はここを出てすぐ。
このお風呂を廊下ではさんだ反対側は裏庭に面した窓があります。
この窓から怪しい人影を見つけたのでしょうか。 浴室(?)には浴槽が置いてありました。

ただ、残念ながら、寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失し、その後再建された建物であるということが有力な説らしいです。2008年に京都市が公式見解を出しています。
鳥羽伏見の戦いの1年前に龍馬は亡くなっている。うーむ・・・。これらの遺構は、移築したのかなぁ?
おそらく、寺田屋内の展示や説明の仕方も私が行ったときとは変わっていると思われます。

●寺田屋
住所:京都府京都市伏見区南浜町263
Tel:075-622-0243
見学時間:10:00~15:40
料金:大人400円、中・高・大学生300円、小学生200円
※幼児は不可

寺田屋を見学して幕末の雰囲気をじゅうぶんに味わいました♪
京都市街に戻ります。

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