icon_airplane_mini2日目 長浜城と姉川の古戦場へ

2日目は長浜城からスタート。
岐阜県の関ヶ原にも行っちゃいます。
2日目もどっぷり戦国時代の旅です。

長浜

長浜ロイヤルホテルから見た長浜城

長浜ロイヤルホテルで「太閤の湯」に入り、ゆっくりと睡眠をとって体力回復した朝。
角部屋のお部屋で、左側の窓からは琵琶湖、右側の窓からは長浜城がみえました。
長浜城の手前が豊公園です。長浜ロイヤルホテルからほんとうに近くてお散歩コースです。

長浜

長浜ロイヤルホテルから見た琵琶湖

天気予報では黄砂はなくなるはずだったんだけど、やっぱりこの日も黄砂の影響でガスがかかっていて琵琶湖は真っ白・・・。
確かに天気予報では曇りだったけど、雲すら見えないし、明らかに黄砂の影響。
とっても残念です・・・。

長浜城

豊公園

ホテルをチェックアウトし、友人が迎えに来る前に長浜城へ。
長浜ロイヤルホテルからは徒歩圏内。
豊公園を突っ切って長浜城へ。
長浜城はかつては廃城となっていて、天守は昭和58年に再建されました。

長浜城。豊臣秀吉が「羽柴」な時代の1574年頃に築城。
大阪夏の陣の後に廃城となりました。
再建後は長浜城歴史博物館として公開されています。

長浜城

長浜城を撮影

5階建ての城は、城のまわりのお堀などがつぶされているので当時の敷地は想像ができない。
秀吉時代の長浜城は縄張り図(設計図)などが残っていないそうです。
天守は「きっと秀吉の時代なら、こんな天守がたっていたんだろうなぁ。」という想像のもので、模擬天守
こじんまりとしているんだけど、町のあちこちから天守閣を見ることができて、お堀などで区切られていないぶん、親しみやすい感じです。

長浜城

本丸跡碑

長浜城の本丸跡碑です。
石碑しか残っていないけれど、当時はどうだったんでしょう。
大阪夏の陣の後、廃城になった後は、石垣や建物は彦根城の築城に使われたそうです。
彦根城の天秤櫓は長浜城からの移築という話が伝わっています。

長浜城

天守

豊臣秀吉は、織田信長の浅井攻めの時に落城する小谷城から信長の妹のお市の方とその三人の娘と弟を救った功績により、小谷城を与えられました。
その後、交通の要所として長浜(当時は今浜「いまはま」と呼ばれました)に築城しました。
琵琶湖に浮かぶ竹生島(ちくぶじま)から材木を運んできたという記録が残っているそうです。

長浜城

長浜城内にあったマップ

長浜城内にあったマップ(東西南北は一般的な地図とは逆です)。
琵琶湖周辺の史跡名所がマッピングされていました。
中央の長浜城の左側には関ヶ原古戦場跡、さらに左のほうに小牧・長久手合戦跡岐阜城
長浜城の上には彦根城、下のほうに小谷城
小谷城の間には鉄砲造りの村で有名な国友の町がマッピングされています。
国友の町は、戦国時代から江戸時代末期まで、堺と並ぶ鉄砲の産地だったそうです。
工業団地といったイメージかしら。
今は「国友鉄砲の里資料館」があるそうです。これもまた行ってみたい。

長浜城

長浜城から眺める

長浜城の最上階から眺めた風景。
黄砂であいかわらず何も見えない・・・。
左手前の小さな山がたぶん虎御前山。
右奥に広がっているのが小谷城跡です。
本当に近いんだな。

長浜城

天守からの眺め

天気には恵まれなかったですが、とても良い季節に来ました!
猛暑の影響で色づきは遅かったけど、11月の長浜城は、紅葉がとてもきれい。

長浜城

天守からの眺め

中央の建物が宿泊した長浜ロイヤルホテル。
その右奥に霞がかっているけど佐和山城址(かつての石田三成の居城。三成は関ヶ原で大敗したのでもちろん廃城)があるそうな。
そして方角的にはさらに右側の琵琶湖に突き出したところに彦根城があるそうです。
黄砂がなければ見ることができるのかなぁ?

長浜城

天守からの眺め

紅葉はとってもきれい。でも、肝心の琵琶湖が真っ白・・・・。
琵琶湖って青かったっけ?というのは空想で補っておくことにします。

長浜城では入口にグッズを売っているところがあるんだけど、ひこにゃんだけでなく、いしだみつにゃん(石田三成)しまさこにゃん(島左近)のグッズもありました。
いや、逆に、ここだけでしか、いしだみつにゃんしまさこにゃんグッズは売ってなかったなぁ。

長浜城は戦国時代のドラマや映画には必ずといって出てくる城だけど、前述した通り、秀吉時代の城は詳しい資料が残っていないということなので、山内一豊時代でもよいので、櫓とか復元してほしいなぁ。

●長浜城歴史博物館
住所:長浜市公園町10-10
Tel:0749-63-4611
営業時間:9:00~17:00 年中無休(臨時休業あり)
入館料:400円
JR長浜駅から徒歩5分

このあと、岐阜県の関ヶ原まで行ってきました!
その時のことはこちらから。

その後、 また長浜まで戻ってきて姉川の古戦場へ行ってきたのです。

姉川の古戦場編へ続く
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